-
芸能NewsEye
近藤真彦ジャニーズ退所に様々な反応 東山紀之「対処の仕方に大きな疑問」、TOKIO城島茂「先輩の出した決断を尊重したい」、加藤浩次「応援したい」etc.
(2021年5月3日12:30)

ジャニーズ事務所の”長男“近藤真彦(54)が4月30日をもってジャニーズ事務所を退所したことを発表して波紋が広がっている。東山紀之(54)は「対処の仕方に大きな疑問が残っている」などと先輩に苦言を呈した。TOKIOの城島茂は「先輩の出した決断に対して尊重したい」と語った。加藤浩次(52)は「僕は応援したい」とコメントするなどマッチ退所をめぐって様々な反応があった。
東山は2日、メインキャスターを務める「サンデーLIVE‼」(日曜午前5時50分)で「僕自身は今回の対処の仕方に大きな疑問が残っているなという感じがします。後輩たちにもファンの人たちにも何の説明もなかったので。それは説明をしたくなかったのか、することができなかったのか。それともこれからするのか。どうなっていくのか見ていく必要があると思う」と苦言を呈した。
続けて「ただ僕らはたくさんのファンの人たち、スタッフの人たちに支えられてますから、それに向き合うというのは礼儀の一つだと思うんですね。ぼくが今言えることは、退所という選択が正しかったんだということを、今後の生きざまで証明していただきたいと思いますね」と語った。
その後、近藤が2015年5月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演したときに東山について「後輩の教育がすごく行き届いている」と絶賛していたときのVTRが紹介された。「後輩のことを、あいつは一番考えているんじゃないですか。僕はわりと“我が道をいく”でずっときちゃってるでしょ。東山は踊りも芝居も本当に後輩たちは『ああいうふうになりたいな』と思うような手本じゃないですか」などと語っていた。
アナウンサーのヒロド歩美から後輩の手本になることについて聞かれ、東山は「僕は歳的には一番上にはなりますけど真摯に向き合っていますから、お互いに高めていきたいなと思いますよね」とした上で「でもあの、マッチさんのために自分自身を犠牲にして助けてきたスタッフの方をたくさん知ってるんで、その人たちの思いはマッチさんどう受け取ってんのかな。そのことを考えると、今の退所のコメントでもすごく薄っぺらく感じる。だからこれからマッチさんがどういう生き様を見せてくれるのかっていうのは、見せてほしいなと思いますね」と語った。
4月1日に設立したジャニーズグループの関連会社、株式会社TOKIOの社長・城島成(50)は1日、メインMCを務めるテレビ朝日系「週刊ニュースリーダー」(土曜午前6時)で「突然の先輩の退所の発表にちょっと驚いている部分はあるんですけど、(近藤の)コメントでも『ありがとう後輩たち』という文言がありましたけど、逆にぼくら後輩たちとしましても感謝の気持ちでいっぱいです」と語り「先輩の出した決断に対して僕たち後輩も尊重したいと思っております」と理解を示した。
KAT-TUNの中丸雄一(37)は2日、コメンテーターを務める日本テレビ系「シューイチ」(日曜午前7時30分)で「突然なので寂しく思います。心細くも思います。後輩からすると、先輩っているだけで精神的支柱ですから。僕も含め後輩は先輩が作ってきた道を歩んでいるにすぎないので。40年やっている方ですからリスペクトしています」などとコメントした。不倫問題で謹慎処分中の退所となったことについては「芸能活動を無期限で停止中だったと思うが、誰もジャッジが正しいか分かっていない。人によっては十分でしょうという方もいれば、やんややんや言う人もいる。そういうのを分かった上で、マッチさんはご自身でケジメをつけたと思う。40年やってきて、そのジャッジをするのは、かなり覚悟がいることだと思う。そういった気持ちなんだなと僕は受け取りました」と語った。
ジャニーズ事務所所属の俳優風間俊介(37)は、月曜のメインパーソナリティ―を務める3日放送の日本テレビ系「ZIP!」(午前5時50分)で「僕が感じるのは我々もバトンを託される側になったんだなっていう風に思うんですね。僕も、水卜(「ZIP」の水卜麻美アナ)さんもそうですけど、いつまでも後輩のつもりというか新人のつもりでいたら、いつの間にかだんだん真ん中になってきて、これから僕らが後輩に何を残していけるのかなっていうのを僕らも考えなきゃいけない段階に来たのではないかなと僕は思っています」とコメントした。
加藤浩次(52)はレギュラーを務める3日放送の日本テレビ系「スッキリ」(月~金、午前8時)で、近藤の対処について「本人はいろんな思いがあってこの決断をしてるんで、僕は応援したいですけどね。頑張っていただきたいと思います」と短く応援のコメントをした。
近藤といえばTBSのドラマ「3年B組金八先生」(1979年)の生徒役でデビューし、同じく生徒役だった田原俊彦、野村義男とともの「たのきんトリオ」として活躍し、1980年に「スニーカーぶる~す」でソロ歌手としてデビュー。同曲がミリオンセラーになり「愚か者」で1987年の第29回日本レコード大賞で大賞を受賞するなど1980年代を代表する男性アイドルとして一世を風靡した。タレント活動をする中で1984年にカーレーサーとしてデビュー。全日本F3選手権に参戦し1994年にはフランスのル・マン24時間レースにも参戦し。その後KONDO Racing Teamを運営するケイエムカンパニーの代表取締役社長兼チーム監督としてレース界でも活躍している。一方で中森明菜との熱愛・破局騒動などもあった。2020年11月に不倫疑惑を報じられたことでジャニーズ事務所は無期限の芸能活動自粛処分としていた。