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「私は確信する」フランスの司法制度を問う迫真の裁判サスペンス

(2021年2月17日22:10)

「私は確信する」フランスの司法制度を問う迫真の裁判サスペンス
「私は確信する」(新宿武蔵野館)

フランスで実際にあった妻失踪事件で殺人罪に問われた大学教授の裁判を題材に、フランスの人気女優マリーナ・フォイス、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「ロゼッタ」(1999年)などで知られるオリヴィエ・グルメ、フランスのアカデミー賞といわれるセザール賞を受賞した「ハリー、見知らぬ友人」(2000年)などのローラン・リュカらのキャストで、アントワーヌ・ランボー監督が監督・脚本・脚色・原案を担当して映画化した迫真の裁判サスペンス。

■ストーリー

2000年2月27日、フランス南西部のトゥルーズでスザンヌ・ヴィギエ(当時38)が3人の子供を残して失踪し、大学教授の夫ジャック・ヴィギエ(ローラン・リュカ)に殺人容疑がかけられる。スザンヌの安否が不明なまま証拠不十分で釈放されるが、メディアは「ヒチコック狂の完全犯罪」と疑惑を報じ2009年になって殺人罪に問われ裁判が開かれる。ジャックは無罪になるが検察は控訴。第2審が開始されるところから映画は始まる。レストランで働くシングルマザーのノラ(マリーナ・フォイス)は一人息子の家庭教師をしていたヴィギエの娘クレマンス(アルマンド・ブーランジェ)のためにヴィギエの無罪を証明しようと、著名な敏腕弁護士のエリック・デュポン=モレッティ(オリヴィエ・グルメ)にヴィギエの弁護を引き受けることを依頼する。エリック弁護士は難事件とみて即座に断るが、ノラが調べた事件の詳細な記録を見て彼女の熱意に動かされて弁護を引き受ける。エリック弁護士は250時間に及ぶ膨大な量の事件関係者の通話記録(捜査での通信傍受の記録)のCDの文字起こしをノラに依頼し、ノラはレストランの仕事や息子の世話に追われながらCDを聞き続け事件にのめりこんでいく。そうしたなか、ノラはダンス教師のスザンヌが失踪前に会っていた愛人のオリヴィエ・デュランデ(フィリップ・ウシャン)が、ジャックの有罪を主張して、他の証人たちにジャックに不利な証言をするよう根回ししていたことを突き止めデュランデが犯人と「確信する」。第2審でエリックはノラが調べた関係者らの通話記録をもとに検察側証人の矛盾を次々に指摘するが、肝心の被告ジャックは証人尋問で裁判官や検察側から事件直後にスザンヌのマットレスを処分したことなど不自然な行動を尋問されてしどろもどろになってしまう。さらには、エリック弁護士が「事務所に君を雇いたい」というほど活躍していたノラが、実は第一審の陪審員だったことを隠していたことを知りエリックは怒ってノラの協力を断ろうとするなどノラにトラブルが相次ぐ中、裁判はクライマックスを迎える。

■見どころ

大学の法学部の教授で映画マニアのヴィギエは授業で「完全犯罪は可能だ」と話していたことや、妻が失踪した10日後に妻のベッドのマットレスを処分していたこと、ベビーシッターが浴室で血を見たと証言したことなどで疑惑が膨らみ「ヒチコック狂の完全犯罪」とメディアが書き立てるなど「犯人扱い」され、ついには警察が家宅捜索を行い妻殺害容疑で予審が開かれることが決まる。ヴィギエは約8か月未決拘留された上に事件から9年後の2009年、妻の安否も不明で証拠も乏しいまま、「遺体なき殺人事件」の殺人罪で第一審が開かれる。陪審員はヴィギエを無罪とするが、依然として犯人扱いする世論をバックに検察が控訴。2010年3月に第2審が開始される。2審は厳しい展開になるといわれ、取りつかれたように事件の調査にのめりこむノラ。「無罪請負人」といわれる実在の有名弁護士で2020年にフランスの法務大臣に抜擢されたエリック・デュポン=モレッティ弁護士は冷静にしたたかに検察側の証人の証言の矛盾を突いていく。緊迫の法廷ドラマは最後まで目が離せない展開が続く。
クライマックスでのエリック弁護士の最終弁論は圧巻だ。実際は1時間に及んだ最終弁論を10分以内にまとめたという。「推定無罪」をないがしろにするフランスの司法制度の問題を指摘し、10年間にわたって犯人扱いされヴィギエと3人の娘や家族ら強いられた悲劇を訴える。ヴィギエやエリック弁護士など登場人物は全員実名で俳優が演じているが、ノラはこの映画のために作られた架空の人物で、ノラの視点を通して裁判劇が描かれている。ノラのキャラクターは妻の失踪後にヴィギエと同棲して彼を支えたエミリーという女性に話を聞きインスパイアされたものだという。エリック弁護士役のオリヴィエ・グルメはまるで本物の弁護士のように威厳を見せ法廷での弁論などをリアルに演じている。エリックに協力するノラを演じるマリーナ・フォイスも事件にのめりこむあまり時に脱線する”素人探偵“ぶりを迫真の演技を見せている。

アントワーヌ・ランボー監督は「この事件で一番興味を持ったのは、確たる証拠なしに司法は一人の人間をどのように裁くのか、ということでした。夫が妻を完全犯罪で殺害したという話は、10年もの間、マスコミ受けしました。私は映画では違う立ち位置で語らなくてはならないと思いました。客観的な視点の映画を作りたかったわけではなく、ノラの視点から、裁判を通して司法制度の複雑性を映し出そうという考えです。人間は何もないところには何かを置こうとするとしがちです。ノラも、ヴィギエを無罪にするには別の犯人が必要でした。ノラによる調査を通して、理性に幻想のごとく勝る、人を盲目で孤立させる毒として、確信を内側からリアルに捉えようとしました」(「私は確信する」のパンフレットの監督インタビューから)と語っている。ちなみに実際の事件でヴィギエ以外に逮捕された人物はいない。ヴィギエの無罪が確定し妻の消息も不明のまま事件は迷宮入りしている。(2021年2月12日公開)