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映画
「草の響き」東出昌大が函館の街を走り続ける心を病んだ主人公を熱演
(2021年10月6日20:30)
「海炭市叙景」(2010年)、「そこのみにて光輝く」(2014年)、「オーバー・フェンス」(2016年)、「君の鳥はうたえる」(2018年)に続く、佐藤泰志の小説の5度目の映画化で、5作ともシネマアイリス企画・プロデュ-ス作品。原作は、佐藤自身が自律神経失調症を患い、療法として始めたランニングの経験をもとに1979年に発表された短編小説で、原作を現代に置き換え、函館を舞台に映像化した。妻と2人で故郷の函館に戻ってきた主人公の工藤和雄に、濱口竜介監督の「寝ても覚めても」(2018年)以来3年ぶりの主演となる東出昌大。その妻・純子に奈緒。和雄の友人・佐久間研二に大東駿介、主人公と交流する若者3人にKaya、林裕太、三根有葵。看護師に室井滋などのキャスト。監督は「フレンチドレッシング」(1998年)、「なにもこわいことはない」、(2013年)「空と瞳とカタツムリ」(2018年)などの斎藤久志。
■ストーリー
東京で出版社に勤めていた工藤和雄(東出昌大)は、徐々に精神に異常をきたし、妻の工藤純子(奈緒)と共に故郷の函館に帰ってきた。昔からの友人で今は高校の英語教師として働いている佐久間研二(大東駿介)に連れられて病院の精神科を訪れた和雄は、医師の宇野(室井滋)と面談して自律神経失調症と診断され、運動療法として毎日ランニングをするように指示される。和雄は黙々と走り続けるようになり、走る距離も延びていった。
一方、札幌から函館に引っ越してきた小泉彰(Kaya)はスケボーで街を走っていた。学校で同じバスケ部に所属する同級生から、夏になったら海水浴場の近くにある巨大な岩から海にダイビングしてみないかと誘われ了承したが、実はカナヅチで市民プールの練習に出かける。そこで見事な泳ぎをする高田弘斗(林裕太)と出会い、弘斗は泳ぎを教える代わりにスケボーを教えるよう彰に頼む。弘斗の姉・恵美(三根有葵)も加わって、3人は人工島「緑の島」の広場で遊ぶようになる。
3人が広場で花火をしていると近くを黙々と走る和雄を見て弘斗と彰が追いかけて走り、3人は時々一緒に走るようになり交流するようになる。そうしたなか純子が妊娠したことを知らされるが、何と言ったらいいかわからずにいる和雄に、純子は「自分だけ傷ついてるみたいな言い方しないでよ」と言い放つ。妻や友人や若者たちとの揺れ動く関係の中で走り続ける和雄に、ある日唐突に意外な展開が待ち受ける。
■みどころ
「寝ても覚めても」以来3年ぶりの主演となる東出昌大が、メンタルヘルスに問題を抱えて会社を辞めて故郷の函館に戻り、医師に言われて毎日黙々とランニングをする主人公の閉塞感や、走ることで見え隠れする苦悩と希望、妻との微妙な関係、そして彼らもそれぞれ問題を抱える若者たちとの交流などを繊細に演じて新境地を見せている。走り続ける主人公の姿に、その脳裏には何が浮かんでいるのか、何に苦悩し、どんなことに喜びを感じるのか、何に向かって走っているのかを考えさせられ、伴走して聞いてみたくなるランニングシーンは不思議な緊張感が流れて引き込まれる。
慣れない土地で不安を感じながらも夫を支え理解しようとする妻役の奈緒も夫婦の崩壊と再スタートを好演。和雄と交流する若者たちを演じているKaya、林裕太、三根有葵が瑞々しい存在感を見せている。「オーバー・フェンス」などで4度芥川賞候補になっている函館出身の作家・佐藤泰志(1990年、41歳で自死)の文学の世界を映像化した濃厚な内容の文芸作品になっている。
■東出昌大のコメント
「心を病んだ男がそれでも毎日走る理由は、きっと『良くなりたい』からだと思います。そして『良い』とは何なのか。羽毛のように柔らかい函館の西陽を受けながら、皆で作った映画です。楽しみに待っていてください」
(10月8日(金)より新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町/渋谷ほか全国順次公開)