「52ヘルツのクジラたち」 心や体に傷を抱える主人公の苛烈な生き様と再生

“52ヘルツのクジラ”とはその鳴き声があまりに高音で、他のクジラたちには聴こえないため、世界で一番孤独なクジラといわれているという。そんな孤独なクジラのように、親の虐待から逃れ、心や体に傷を抱えて孤独に生きる主人公・貴瑚と同様に親の虐待で声を失った少年の魂の交流や、彼女を見守る友人たちを通じて、再生の道を探る生き様を鮮烈に描いた話題作。原作は2021年本屋大賞を受賞した同名小説で、主題歌は本作に深く共鳴したSaucy Dogが書き下ろした。

東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた主人公三島貴瑚に杉咲花、貴瑚を救おうとする岡田安吾に志尊淳、貴瑚と結婚するも裏切る新名主税に宮沢氷魚、貴瑚の高校時代からの友人・牧岡美晴に小野花梨の若手実力派キャストに加えて、母親の虐待で声が出なくなった少年で貴瑚から「52」と呼ばれる少年に桑名桃李などのキャスト。
監督は「クライマーズ・ハイ」（05）、第35回日本アカデミー賞で最優秀監督賞、最優秀作品賞、最優秀主演女優賞（井上真央）などを受賞した「八日目の蝉」（11）、「聯合艦隊司令官 山本五十六」（11）、「いのちの停車場」（21）などの成島出。

■ストーリー

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた三島貴瑚（杉咲花）は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年（桑名桃李）と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない岡田安吾（志尊淳）とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる─。

■見どころ

タイトルがこの映画のテーマを象徴的に表している。「世界で最も孤独なクジラ」といわれる「52ヘルツのクジラ」のように、母親の虐待で心と体に傷を抱えて東京から海辺の一軒家に逃避してきた主人公の貴瑚、親の虐待で声が出なくなった少年。彼らの想いがなかなか他には伝わらず孤独を抱える2人に寄り添うようにして、絶望と再生への道を目指すドラマを繊細に描いて最後まで目が離せない展開が続く。
杉咲花が「市子」に続いて、過酷な人生を生きる主人公を熱演。また志尊淳が自身も悩みを抱えながら貴瑚を懸命に救おうとするトランスジェンダーの役を繊細に演じて新境地を見せている。貴瑚や少年が体験する壮絶な親の虐待の問題や、トランスジェンダーの問題、友情、裏切りなどまさに今社会で現実に起きている問題を問いかける。貴瑚や少年の、聞こえにくい心の声を聞く必要があるはずだ、聞こうとする人はきっといるというメッセージが伝わってくるエモーショナルな作品になっている。