『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡

(2025年10月19日10:45)

『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡
『桜映画の仕事 1955→1991→2025』

記録映画や社会教育映画、PR 映画を手掛ける映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡をまとめた社史『桜映画の仕事 1955→1991→2025』が刊行された。同書の編集部から新刊紹介の文章が本サイトに送られてきた。以下、同著の紹介文を公開。

■小さな会社の大切な仕事

 映画といえば、私たちはまずスクリーンに映し出される劇映画を思い浮かべるだろう。しかし映画の世界には、記録映画や社会教育映画、PR映画といったもう一つの広い領域が存在する。桜映画社は、その領域において戦後日本の歩みを刻み続けてきたプロダクションである。本書『桜映画の仕事1955→1991→2025』は、同社の70年に及ぶ軌跡をまとめた社史であると同時に、記録映画の果たしてきた役割を再考させる貴重な資料となっている。 

  桜映画社の創業者・村山英治(1912〜2001)は、戦前「文化映画」の世界に身を投じ、やがて戦争プロパガンダ映画に関わるという苦い経験を持つ。敗戦後、その反省を胸に新たな出発を試み、1955年に「母と子の問題」や「環境衛生」をテーマに掲げた〈母親プロダクション〉を立ち上げた。創業期の作品群は、戦後の混乱の中で社会を立て直そうとする母親たちの気迫を鮮やかに映し出す。『お姉さんといっしょ』(1956)がベネチア国際映画祭でグランプリを獲得したのは象徴的である。小さな会社が国際的に評価され、日本の社会教育映画の存在を世界に示した瞬間だった。 

『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡
ベネチア国際映画祭児童映画展グランプリを受賞した『お姉さんといっしょ』(1956)

 しかし、時代の潮流は容赦なく変化する。高度経済成長が進み、消費社会が定着するにつれ、フィルム教材映画は時代遅れのものと見なされていった。桜映画社は母親プロダクションとしての看板を下ろし、企業PR映画や広報映画へと方向転換する。苦渋の選択であったに違いないが、その柔軟さが会社の存続を支えた。伝統文化や科学をテーマにした作品群は、社会に情報を伝える手段としての映画の可能性を広げていった。 

  やがてバブル崩壊とフィルム教材市場の衰退が訪れる。多くの同業者が姿を消し、業界の顔である岩波映画製作所すら倒産に追い込まれた時代に、桜映画社はしぶとく生き延びた。その背景には、「良い映画は多く人に見られ、感動を与え、必ず残る。小さな記録にも大きな意味がある」と信じ続ける創業者の精神があった。  

 21世紀に入ると、同社は再び新しい挑戦を始める。長編劇映画『みすゞ』(2001)、陶芸家・板谷波山を描いた劇映画『HAZAN』(2003)、在日コリアンの記録『海女のリャンさん』(2004)、川本喜八郎のアニメーション『死者の書』(2005)、狂言方の伝承を劇にした『よあけの焚き火』(2018)などの自主製作に加え、地域文化や能登半島震地で災害を受けた輪島塗の再生をテーマにしたドキュメンタリー作品『うつわよみがえる』(2025)を世に送り出した。こうした歩みは、記録映画を「地味な存在」から「社会を映し出す鏡」へと位置づけ直す試みであった。

『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡
『うつわよみがえる』(2025)
『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 映像プロダクション・桜映画社の70年の軌跡



■社史を、本で読む・WEBで見る

 今回の社史は、こうした70年の歩みを一冊にまとめる試みです。とはいえ、一般的な社史は重く、手に取りにくいもの。そこで桜映画社は「読む社史」と「見る社史」の二本立てを構想した。従来の社史にないユニークな企画である。

 書籍版は大きな特色は、単なる年表や作品リストにとどまらない点にある。1460本に及ぶ製作映画の中から301本を精選し書籍化している。各作品の説明文の他に製作に参加したスタッフ、出演、音楽、語り(ナレーション)や作品情報(形式、画色、映写時間、企画、監修者、推薦・受賞名)などが記載されており、映画はそれぞれの作品のためだけに集まった多くの人々の手から生まれる、いわば「綜合芸術」であること、それが各ページの作品紹介から知ることができる。

 これに対してWEB版はスマートフォンやパソコンからアクセスでき、書籍版の作品紹介のページがそのまま見ることができ、しかも書籍にないカラー画像、サンプル動画や当時のチラシが閲覧でき、さらに33項目のジャンル別の検索機能も備えている。

  「読む社史」と「見る社史」の二本立てにして、活字と映像を一体化させて公開した。活字離れが進む時代にあって、映画製作会社ならではの工夫をした。社史というと往々にして社内資料の域を出ないが、本書は研究者や一般人にとっても「開かれた社史」として機能するだろう。 

  読み進めて印象的なのは、創業者の言葉である。「桜映画社は小さな会社だが、道端の小さな水たまりを覗き込めばそこには流れる雲もはてしない空も映る。記録映画も地味な仕事だが、その時代を生きた形で後世に伝えることができる大切な仕事だ」。小さなフレームの中に時代の空気を閉じ込め、後世に伝える。これは70年間にわたり作品を積み重ねてきた同社の理念を端的に表す比喩である。 

  映画は「娯楽の王様」と呼ばれた時代から、テレビ、ビデオ、デジタル配信へと大きな変貌を遂げてきた。その間、この小さなプロダクションが幾多の困難を乗り越え、社会に映画を届け続けた背景には、「記録すること」の価値を信じる揺るぎない姿勢があった。本書は、映画産業史のための補助線であると同時に、戦後日本社会を映し出す鏡でもある。 

  桜映画社の歩みを追うことは、日本における記録映画の変遷を追体験することでもある。そこには華やかな映画スターも大作の興行成績もない。しかし、地域社会の小さな営みや、市井の人々の息づかいをとらえた映像は、時に大作映画以上に力強く、見る者の記憶に残る。本書は、そのことを雄弁に物語る。 

 70年の蓄積を総括したこの社史は、映画を愛するすべての人々にとって読み応えのある一冊である。華やかな映画史の陰で「地味だが大切な仕事」を担ってきた人々の姿に触れることで、私たちは「記録することの意味」を改めて問い直すことになるだろう。 

尚、WEB版は桜映画社のホームページから見ることができる。https://sakuraeiga.com/

【著書情報】
書名:『桜映画の仕事 1955→1991→2025』 
編集:山田三枝子・村山恒夫
編集協力:記録映画保存センター
デザイン:桜井雄一郎
発行人:村山憲太郎
発行所:桜映画社
東京都台東区浅草橋5丁目4番1号ツバメグロースビル6階
メール:info@sakuraeiga.com
  HP:https//sakuraeiga.com
判型/ページ数:A5判ソフトカバー・360頁
価格:2,500円(税別)
ISBN:978-4-921203-00-9
Cコード:C0074
本書は版元直売の商品です。
お問い合わせ、ご注文は:
1)桜映画社へご連絡ください。
2)桜映画社のオンラインショップ : https://sakuraeiga.official.ec/