是枝裕和監督、「ベイビー・ブローカー」カンヌ2冠の凱旋記者会見 作品と男優賞ソン・ガンホを語る

(2022年6月14日1:30)

是枝裕和監督、「ベイビー・ブローカー」カンヌ2冠の凱旋記者会見 作品と男優賞ソン・ガンホを語る
記者会見する是枝裕和監督(13日、東京・港区のスペースFS汐留)

第75回カンヌ国際映画賞で主演のソンガンホ(55)が最優秀男優賞を受賞し、エキュメニカル審査委員賞を受賞した「ベイビー・ブローカー」(26日公開)の是枝裕和監督(60)が13日、都内で凱旋記者会見して、一足先に先週公開された韓国での反響や韓国の国民的俳優ソンの秘話などについて語った。

是枝監督にとって初の韓国映画となった同作は8日に韓国で公開され、監督はカンヌから直接韓国入りしてプロモーションを行ってからこの日に帰国した。

司会の笠井信輔アナウンサーから、ガンホが韓国人俳優として初めてカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞したことについて感想を聞かれると「名前を呼ばれた瞬間になるほど、これがこの作品にとって最高のゴールなんだなと気づきました。その日の夜にパク・チャヌクさん(「別れる決心」で監督賞)のチームと合同でお祝い会をしたんですが、みんな幸せな夜でした。役者が褒められるのが一番うれしいですね」と振り返った。

是枝作品では「誰も知らない」(2004年)に主演した柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭で史上最年少、日本人として初めて最優秀男優賞を受賞している。
「柳楽君の時は日本に帰っていて僕しかいなかったので。受賞した役者さんとあの場所で抱き合って、たたえ合ってというのは初めてで、特別な夜になりました」と語った。

是枝裕和監督、「ベイビー・ブローカー」カンヌ2冠の凱旋記者会見 作品と男優賞ソン・ガンホを語る
「ベイビー・ブローカー」(6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー)(ⓒ 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED)(配給:ギャガ)



■韓国で初登場1位の大ヒット、韓国入りした時「空港が揺れていた」

「ベイビー・ブローカー」は韓国では初登場1位のロケットスタートとなった。韓国での反響について聞かれると「27年前に単館から始めた監督。今回1600スクリーンと聞いて、大丈夫なのかな、というのが正直なところ」と語った。「ジュラシック・ワールド」よりランクが上だったということだが「そこで闘ってきた人間じゃないものですから」というものの「ほっとしています」と語った。

韓国入りしたときに空港で予想外の大歓迎を受けたという。「空港が揺れていました。職員の人が職場を離れてついてきちゃって。大丈夫なのかなと思うぐらい」と笑わせた。一般のファンも多く駆けつけ「国民的スターがカンヌの映画祭で韓国人初の男優賞というのは、オリンピックの金メダル以上なんだなというのはなんとなくわかりました」。
作品についての韓国での反応について「舞台あいさつでは本当に熱狂的な状況なので、叫び声が聞こえてましたから、感想というのはないんですけど、ただ見た感想は良かったのかな。悪くはないと思います」という。

「ただちょっとチャレンジしたところもあるので、韓国映画の中ではおそらく一番善悪がはっきりしなくて、ストーリーラインに起伏があって微妙な話になってますから。でも届いているんじゃないかなと思います」と語った。

■ソン・ガンホ「毎日早く来て前日撮影したものをチェック」

ソン・ガンホについては「本当に楽しい人。その場にいるみんながニコニコしている。なかなかいない」という。
「インの前にポン・ジュノさんとご飯食べて、ポン・ジュノさんのところに行って、そこで、彼がコーヒーをいれてくれて、コーヒーを飲みながら『いろいろ不安はあるとおもうけど、ソン・ガンホが現場に来たら、全てはソン・ガンホのペースで進んでいくから何も心配はいらない』と言ってくれて。その通りだった」という。

「予定よりも30分とか1時間ぐらい早く現場に来て『昨日監督がつないだものを見られるんだったら見せてくれ』って編集に言って、そこでヘッドホン付けて、自分の芝居だけではなくて、昨日つないだものを全部見て、その上でお昼休みとかに、基本全てほめてくれる。『素晴らしかった。編集も最高だった』と。『最高だったけど、僕のセリフはあそこだけはもしかすると、今使ってるテイクじゃない、もう2つ前ぐらいにあったと思うんだけど、たぶん監督は切り取ったセリフだけだとわからないところがあるだろうから、もう一度比べてみて、最終的な判断は監督に任せるけど、是非比べてみて』ということを、基本毎日やってくれた。それはとても助かった。彼はテイクごとに違うのでそれを僕がどこまで追えてるのか、言葉が分からないから、ニュアンスではつかんでますけど、分からない部分を補ってくれてるのかなと思いました。意外とどこの現場でもやってきてたんで。自分のお芝居に対する基準がかなり高くて、それをクランクアップまで続けてくれたというのは本当に頼りになりました」という。
「最後の仕上げのダビングルームに来て通しで見て『今言うことじゃないかもしれないけど編集で僕のセリフが一つ実は途中で切った方がいいと思う。その方が余韻が残ると思うから、間に合えばそこをちょっと直してくれ、ちょっと確認してくれと言われて、編集室に戻って見て。で、切りました。それは本当にそれでよかったんです。最後の最後まで一緒に走ってくれた』と語った。

■日本と韓国の映画の現場に違いとは

日本と韓国の映画の現場の違いについて「僕の演出のアプローチの仕方というのは基本的に日本でやっているのと変わらないアプローチの仕方をさせていただいて、そこは少し我を通したところもあって。韓国は非常にアメリカのやり方を現場も導入しているので、脚本は(クランク)インの前に完成させないとインしないというのですが、それはやらないよと押し返して、現場で作っていきますというやり方を通させていただいた」と明かした。
また「働き方改革というのが非常にいい方向に進んでいて、週52時間という上限が決まっているので、感覚で言うと4日働いたら3日休む。非常に肉体的には楽だし。これは映画界に限ったことではないと思いますけど、産業自体の年齢の構成が日本映画の場合かなり高齢化して若い人が入ってこないというのがある。それが一番、上に立つ者としては責任を感じます」と述べた。「韓国の現場は20代30代が中心」だという。「高齢化が悪いことばかりじゃないと思っているんですけど。韓国だと僕の年齢だとほぼ引退で、今回僕と組んだホン・ギョンピョさん(撮影)も業界最年長です。日本だと70代、知り合いで80代のカメラマンもいます。監督も60代はまだバリバリだなと安心してたんですけど、韓国だったらもうそろそろ肩叩かれて。そういう改革のスピードの速さが逆に、変わらない国にいると早過ぎないかと心配はしています」と語った。

■韓国映画の注目の高さとサポート体制

欧米でのアジア映画の地位について聞かれて「韓国映画の注目度の高さというのは今回感じたところですし、カンヌに来ているジャーナリストの数が『パラサイト(半地下の家族)』の時に倍になって、むこうで囲み取材的なことをやりましたけど韓国の取材陣だけで50人近くいて、それはやっぱり、相当な力の入りようで僕が泊まったホテルの壁にもパク・チャヌク監督の作品と「ベイビー・ブローカー」の2つが並んでいましたし、街中にもいろんなところに宣伝が並んでいて、相当気合を入れて臨んでるなというのを感じました」という。

また、日本の早川千絵監督(45)の「PLAN75」が「ある視点」部門に出費され、新人監督賞に当たるカメラドール特別表彰を贈られたことや、昨年「ドライブ・マイ・カー」で大江崇允氏と共に日本人として初めての脚本賞を受賞し、今年のアカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督に言及して「日本からも若い才能が出ていているという感じは間違いなくある。ただ濱口さんは急に出てきたわけではなく、ヨーロッパでは15年前かな、『ハッピーアワー』(2015年)がフランスで公開された時に向こうで結構ヒットして、そのあたりから『濱口をどう思う』という質問が必ず聞かれるようになった。そういう風に挙げられる名前が変わっていくタイミングというものがあって、濱口さんは2015年ぐらいからいろんなところで名前を聞くようになった。そういう変化というものは映画祭を回っていたりするときにちょっとずつ感じるんだけど、それが今韓国の大きな声にちょっと負けている感じ。もうちょっといろんなサポート体制があるといいなという気持ちは持っています」と語った。

是枝裕和監督、「ベイビー・ブローカー」カンヌ2冠の凱旋記者会見 作品と男優賞ソン・ガンホを語る
記者会見した是枝裕和監督(13日、東京・港区のスペースFS汐留)



■少年は「とても勘のいい子」だが「楽しくて仕方がなかったらしくてはしゃいじゃって」

主人公らの赤ちゃんを高く売ろうと里親を探す旅に勝手についてくる児童養護施設の少年については「オーデイションで見つけた子を、通訳を介してセリフを渡していくというやり方でした。とても勘のいい子だったので、旅の話だよっていうのを分かってますけど、旅をしながらだんだん悲しい話になっていくんだみたいな、その辺は後半に行くにつれて彼の表情にも表れています」という。子供に対する演出は定評がある監督が今回はかなりてこずったという話も聞くと聞かれて「映画の中に残ってるのは本当に最高でした」。ただそれ以外は「本当に大変でした」と語った。「楽しくて仕方がなかったらしくてはしゃいじゃってテンションが上がっちゃって。ちょっと大変だなというときはカン・ドンウォンがスケボーしたり一緒に遊んだりして、それで戻ってきてというのが結構あって。モーテルでカン・ドンウォンとイ・ジウンさんが赤ちゃんにミルクあげながら、ちょっとしっとりとやり取りをするシーンがあるんですけど、あのおシーンで彼はベッドで寝てるんですよね。あれは本当に寝てるんです。はしゃぎすて、ここではしゃがれるとシーンが成立しないということで、これはちょっと暗くしとけば寝るぞということで少し暗くして待ったら本当に寝てくれて。あのシーン撮り切るまで3時間ぐらい熟睡してくれました」

■赤ちゃんは、「動きのいい子。音に反応し動いてくれる子」を選んで「それが当たった」

映画に登場する赤ちゃんは「オーデイションと言ってもコロナ禍だったですし、選ぶのはクランクインの2か月前に決めなくちゃいけなかったので、生まれて1か月ぐらいの赤ちゃんを見比べながら動画を送っていただいて。僕の判断基準は顔の作りがどうこうではなくて、動きのいい子。音に反応し動いてくれる子。それが当たったという感じ。ソン・ガンホさんが動けば目で追うし、顔に触ったり、身の回りに関心がある。それがとっても良かったですね」という。「ご両親がずっと撮影に帯同してますし、医療体制もすごくしっかりとしていて見習わなくてはいけないなと思います。小型の救急車のような、すぐ病院に運べるような車と医師が同行していて、何かあったらすぐ動ける体制が常にありまして、すごくしっかりしてました」という。

■「ベイビー・ブローカー」

「ベイビー・ブローカー」は米アカデミー賞で作品賞、監督賞など4部門で受賞したポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」(2019年)に主演した韓国のトップ俳優ソン・ガンホが主演を務め、「MASTER/マスター」のカン・ドンウォン、是枝監督の「空気人形」(2009年)に出演しているペ・ドゥナ、韓国のトップ歌姫イ・ジウン(歌手名IU)、Netflixの大ヒット韓国ドラマ「梨泰院クラス」のイ・ジュヨンなどのキャストで、子供を育てられない人が匿名で赤ちゃんを置いていく「ベビー・ボックス」に預けられた赤ちゃんをこっそり盗んで横流して稼ぐベイビー・ブローカーの男2人が、子供の母親と共に養父母探しの旅に出るロードムービー。同作は5月26日(現地時間)に第75回カンヌ国際映画祭で上映され、12分間のスタンディングオベーションで迎えられた。是枝監督は27日(現地時間)に現地で行われた記者会見で「見た皆さんが旅に同行しながら、今までの価値観をちょっとだけでも見つめ直していただけるような、そんな映画であればいい」などと語った。
最優秀男優賞を受賞したソン・ガンホは受賞のコメントで「本当にありがとうございます。光栄です。偉大なる芸術家、是枝裕和監督に深く感謝申し上げます。一緒に頑張ってくれた役者のカン・ドンウォンさん、イ・ジウンさん、イ・ジュヨンさん、ペ・ドゥナさんに深い感謝と、この栄光を分かち合いたいと思います」などと述べた。