「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生

(2024年3月27日11:30)

「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生
オッペンハイマーを演じるキリアン・マーフィー

第2次世界大戦下、米国の原爆開発を主導した米国人物理学者ロバート・オッペンハイマー博士の栄光と挫折の波乱の半生を描いたクリストファー・ノーラン監督の最新作。第96回アカデミー賞で作品賞、監督賞、キリアン・マーフィーの主演男優賞、ロバート・ダウニー・Jrの助演男優賞など最多7部門で受賞した話題作。原作は2006 年にピューリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・J・シャーウィンの 「オッペンハイマー」。

原爆開発に成功して終戦をもたらし米国の国民的英雄となるが、その後”赤狩り”により失脚するという波乱の人生を送った天才物理学者オッペンハイマーをキリアン・マーフィーが熱演。その妻キャサリン・オッペンハイマーにエミリー・ブラント、オッペンハイマーをパートナーにしてマンハッタン計画にまい進する米陸軍工兵隊の将校レズリー・グローヴスにマット・デイモン、オッペンハイマーに敵対する原子力委員会のルイス・ストローズにロバート・ダウニー・Jr、、さらにはオッペンハイマーと恋愛関係になる共産党員のジーン・タトロックにフローレンス・ピュー、友人の物理学者アーネスト・ローレンスにジョシュ・ハートネット、ノーベル物理学者ニール・ボーアにケネス・ブラナー、イタリアの物理学者エンリコ・フェルミのジョシュデヴィッド・L・ヒルにラミ・マレックなどの豪華キャストが集結した。
クリストファー・ノーランは監督・脚本・製作を担当。「メメント」(00)、「バットマン・ビギンズ」(05)、「ダークナイト」(08)「ダークナイト ライジング」(12)のバットマン3部作、「インセプション」(10)、「インターステラー」(13)、「ダンケルク」(17)、「TENET テネット」(20)など、1作ごとに斬新な映像やストーリーで注目を集めてきたノーラン監督がオッペンハイマーと原爆開発、米国の核政策などを正面から描いて日米で様々な議論も呼び起こしている話題作。

「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生
ロスアラモス研究所のシーン
「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生
ルイス・ストローズ役のロバート・ダウニー・Jr
「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生
審問を受けるオッペンハイマー㊨と妻役のエミリー・ブラント(㊧)
「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と”赤狩り”による失脚の波乱人生
米陸軍工兵隊の将校レズリー・グローヴス役のマット・デイモン



■【ストーリー】

イギリスのケンブリッジ大学で実験物理学を専攻していたロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は1926年、客員教授のニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)に勧められ、ドイツに渡って理論物理学を学ぶ。そこで才能を開花させ、博士号を取得して米国に帰国。カリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとることになる。
1936年、集会で知り合った共産党員の魅惑的な女性ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)との恋愛を経て植物学者のキャサリン(エミリー・ブラント)と結婚して子供も生まれて幸福な家庭を築いていた。

そうしたなか、1942年に「マンハッタン計画」の最高責任者の陸軍将校レズリー・グローヴス(マット・デイモン)から、原子爆弾開発に関する極秘プロジェクトへの参加を打診される。その前年に米国は第二次世界大戦に参戦。ナチス・ドイツによる原爆開発が時間の問題になっていたことを知り、ユダヤ人のオッペンハイマーは、使命感にかられてプロジェクトに参加し、全米から優秀な科学者を集めて、ニューメキシコ州ロスアラモスに大規模な研究所を建設して、家族らも移住させ、核開発にのめりこんでいく。
1945年7月にオッペンハイマーは原爆の実験に成功し、すでにナチスは降伏していたことから、原爆は8月に日本の広島・長崎に投下され日本は降伏。オッペンハイマーは米国の英雄になるが、被爆地の惨状を聞いて深く苦悩し、やがて事態は思いもよらない展開を見せていく。

「オッペンハイマー」原爆を開発した米物理学者の栄光と苦悩と失脚の波乱人生
クリストファー・ノーラン監督

■【見どころ】

天才物理学者オッペンハイマーの理論や思想、理想、さらにはユダヤ人としてのドイツ・ナチスの原爆開発への危機感、ロスアラモスでの極秘プロジェクトへの情熱などを、キリアン・マーフィーの鬼気迫る演技でリアルに描き、圧倒的な臨場感で、莫大な人員と巨額の費用をかけた原爆開発の一大プロジェクトの詳細な実態を壮大なスケールで描いている。
ロスアラモスでの初の核実験「トリニティ実験」で、初めて原爆の破壊力のすさまじさがベールを脱ぐシーンは、その場にいて固唾を呑んで見ているような圧倒的な臨場感と緊張感がある。
そしてその後、被爆地の惨状を知り苦悩し、激しく自責の念に駆られ、さらには核開発競争を激化させることの危機感から水爆開発など政府の核政策への疑念と米・ソによる核管理の必要性を提言して大統領から「泣き虫」といわれるオッペンハイマー。そうしたなか”赤狩り”(1950年代にマッカーシー上院議員が主導した米国の共産党員やその周辺の人物の摘発運動)が全米で猛威を振るう中、共産党員ではなかったが共産党員の女性との交際歴や、妻が元共産党員だったことなどで、ロバート・ダウニー・Jr.演じる原子力委員会のルイス・ストローにターゲットにされて、白を黒と言いくるめる拷問のような執拗な尋問を受け、「ソ連のスパイ疑惑」の濡れ衣まで着せられて失脚していく数奇の運命を描いて、原爆開発は何だったのか、また”赤狩り”など当時の米国の闇に迫る力作になっている。
被爆者や様々な形で被爆の惨状を知っている被爆国側としては、広島・長崎の惨状を描いていないことに批判が出るのは当然の成り行きだとしても、この映画が、パンドラの箱を開けてしまったオッペンハイマーのアンビバレンツな心情の揺れや、”赤狩り”による失脚などを描くことによって、核開発競争や最近の戦術核の使用の可能性の問題などを警告しているとみることもできる。
ノーラン監督は「様々な観点から私たちはオッペンハイマーの精神の中に潜り込み、観客を彼の感情の旅に連れ込もうと試みた。それがこの映画の賭けだった」と語っている。オッペンハイマーの感情の旅を体感することで観客は様々な問題を突きつけられることになり、議論も巻き起こす。それがこの映画の魅力と核心になっていると言えそうだ。

【クレジット】
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フロー レンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006 年ピューリッツァー賞受賞/ハヤカワ⽂庫)
2023 年/アメリカ/180分 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 R15
© Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:oppenheimermovie.jp
3 月29日(金)全国ロードショー IMAX劇場 全国50館 同時公開