映画「キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―」アフタートーク

(2023年10月11日17:15)

映画「キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―」アフタートーク
映画「キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―」(公式サイトから)

映画『キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―』の上映後(1日、ポレポレ東中野)に行われたアフタートークに本サイトの阪本が参加して、書籍編集者の村山恒夫氏と対談を行った。その模様が村山氏が主宰する「百人社通信」の「しらさぎだより」で報告されましたので紹介します。

『キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―』アフタートーク
2023年10月1日 「ポレポレ東中野」上映後(対談後に追加したものも含む)

司会:本作のポスター・パンフの制作を担当した、書籍編集者の村山恒夫です。本日のゲストは阪本良さんです。阪本さんは東京スポーツ新聞の映画担当記者を経て文化社会部長を務められた後、現在はWebマガジン『PlusαToday』(プラス・アルファ・トゥディ)を主宰、文化・映画・芸能のニュースを発信されています。阪本さん、まず本作の感想をお聞かせください。

「関東大震災から100年という節目で、テレビや新聞などでいろいろ特集されていましたが、その中でも傑出していて、関東大震災のドキュメント決定版という内容でした。これまでもテレビなどで断片的にみてますが、豊富な映像は当時の惨状の全容が詳しくわかるだけでなく、撮影した3人のキャメラマンを発掘して、本人が残したインタビューの音声とか、息子さんたちのインタビューで、3人ががどんな思いで、またどういう風に現場で撮影したのかを描いたその手法も素晴らしくで、貴重な資料になっているし、歴史に残る文化映画だと思います。」
「3人のカメラマンが当時の映画界の中でとても優秀な撮影技師で意識の高い人だったというのも伝わってきました。3人とも手回しの撮影機と三脚を持って、歩いて現場に駆けつけるという今では考えられない制約の中で撮っている。高坂さんは、溝口健二監督の撮影監督を担当するような人で、日活向島撮影所で劇映画を撮影していた時に、カメラと三脚をもって飛び出していった。ドキュメント映画を手掛ける手掛ける白井さんは埼玉で「清水の次郎長」を撮っていた時に地震があって「清水の次郎長どころじゃない」と現場に駆けつけている。ドキュメンタリー映画を手掛ける岩岡さんは自分の会社があった根岸から下町の様子を撮影を開始した。こんな時に撮影してんのかよ」といわれて殴られたりしたこともあったということですが、3人にとって「こんな時だからこそ撮らなければ」という気持ちだったと思います。」

司会:残っていたフィルムは、白黒で音もない(サイレント)ですね。

「当時、テレビはもちろん、ラジオもない。なんとラジオが始まったのは関東大震災2年後の1925年です。ニュースは新聞で、映像はニュース映画やドキュメントしかなかった。それぐらい映画の撮影技師の使命は大きかったので、自分たちが記録しないという思いが特に強かったんだと思います。」

司会:阪本さんは、白井茂さんの息子さんに会っているとか。

「白井さんの息子・泰二さんは元日本映画新社の社長で、映画担当記者をやっていた時に東宝の宣伝部でよく見かけまして、高倉健さんの『海峡』(東宝、1982)の宣伝プロデューサーを担当されていました。白井茂さんの息子さんだったというのは、この映画で初めて知って驚きました。」
「白井茂さんは、4万人が避難していた被服廠跡では、台風の影響で風が強く火災旋風が起きて、実に3万8000人が死亡した現場に来て、そこにいた警察官に撮影していいかと聞いたら、警官はいいですといいながらも死体の山は撮らないでと、あれは私の家族ですといわれる。しかし撮っていますよね。あの映像があるから大惨事の実態がわかる。これもさすがだなと思います。」
「白井さんが小学校の時に父親の茂さんの撮影現場についていった時のエピソードで、米軍のB29が墜落して米軍兵の遺体に見物人が坊や蹴っ飛ばせといわれ、父親を見たら首を横に振っていたという。そうしたところにも当時の戦時一色の世相に流されない矜恃を持った意識の高い人だったことをうかがわせる話で印象的でした。」

映画「キャメラを持った男たち―関東大震災を撮る―」アフタートーク公開
映画「福田村事件」(公式サイトから)

司会:阪本さんは劇映画『福田村事件』もご覧になっています。いかがでしたか?

「關東大震災の時に『朝鮮人が井戸に毒を入れた』とか『朝鮮人が略奪や放火をしている』というデマが流れて、在郷軍人や村人が自警団を結成して竹やりや銃をもって朝鮮人を虐殺したりして数千人が犠牲になったといわれています。そのひとつの福田村事件を題材にしたものです」
「企画は『火口のふたり』につづく監督作品の最新作『花腐し』が11月10日に公開される荒井晴彦さんで、本作の脚本にも参加しています。監督はオウム真理教を題材にした『A』、続編の『A2』とか、東京新聞の望月衣塑子記者の取材活動を追跡した『i-新聞記者ドキュメント-』などのドキュメンタリーを撮っている森達也監督ですが、これはドキュメント映画ではなく実話に基づいた劇映画です。」
「大震災の5日後の9月6日に千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)で香川県からやって被差別部落民の人たちの薬売りの行商の一行が、朝鮮人と間違われて15人のうち9人が自警団を先頭にした100人以上の村人に殺害された事件を題材にした劇映画ですが、史実にかなり忠実に映画化したということです。東出昌大さんとか井浦新さんとか、田中麗奈さん、行商人のリーダーに永山瑛太さん、在郷軍人に水道橋博士さん、新聞社の編集長にピエール瀧さんとか役者さんも豪華で、大震災時の朝鮮人虐殺の問題を改めて問いかけているし、エンターテインメントとしてもとても見ごたえのある映画になっています。東出さん演じる村の渡しの船頭や、朝鮮での日本兵の虐殺を見て帰国した井浦さん演じる教師と田中麗奈さん演じるその妻たちの一部の良識派は、朝鮮人と決めつけるのは間違いだと反対するんですが、多勢に無勢で、集団ヒステリー状態の村人は集団で襲撃するのです。」

司会:映画『福田村事件』の原作本は、野田市の隣の流山市に住む、辻野弥生さんが、埋もれていた福田村事件を発掘し、2013年に初めて本にしたものです。今回、新版が出ました。その中で。辻野さんは自分の本にはない、自分では書かなかった、殺された行商の親方が映画の中で吐いたあるセリフを紹介しています。『福田村事件』(五月書房新社、2023)『福田村事件』(崙書房出版・ふるさと文庫、2013)

「『朝鮮人なら殺してええんか!』という永山瑛太さんのセリフですね。迫力があるシー ンでした。」
「朝鮮人虐殺の背景には1910年に日本が韓国を併合して、韓国では抗日武装闘争があったりして朝鮮人に対する差別意識や敵視が醸し出されていた。マスコミも『不逞鮮人』という侮蔑的表現を使って『不逞鮮人各所に放火』『不逞鮮人一千名と横浜で戦闘開始』などと流言飛語を鵜呑みにして報道していた。映画では木竜麻生さん演じる地元千葉県の新聞記者が、そうした状況に疑問を投げかけ、ピエール瀧さん演じる編集長と対立シーンもありました。」
「森監督がインタビューで『(当時の)内務省が各地の警察署に下達した文書がデマゴギーの源泉』だといってます。そしてTBSの『報道特集』(9月9日放送)で朝鮮人虐殺問題を特集していましたが、防衛省に保管されていた内務省の文書を取り上げていました。震災時の至急電文で『朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内において爆弾を所持し、石油を注いで放火するものあり、鮮人に対しては厳密なる取り締まりを加えられたし』といった内容で、内務省警保局長名で、今でいうと警察庁長官にあたるという。震災の被害を免れた海軍の船橋無線電信局から全国に送信されたということです。この問題は今も続いていて、墨田区の横綱町公園にある東京都慰霊堂では、毎年9月1日に慰霊の大法要が行われていますが、その横の広場にある関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑の前で、50年続けられたもう一つの式典、デマによって虐殺された朝鮮人を追悼する関東大震災 朝鮮人犠牲者追悼式典が行われています。『キャメラを持った男たち』では、その光景が静かに描かれています。そして、今年の追悼式典では近くで『そよ風』なる団体が『朝鮮人虐殺は嘘だった』などとヘイトスピーチを繰り返していた。」
「そうした諸々の状況があるだけに、「『キャメラを持った男たち』と『福田村事件』が問いかけているものは大きい。30年以内に首都圏直下型大地震が起きる確率は70%といわれる中で、防災対策をどうするかなどの問題や、大震災の混乱の中でフェイクニュースに惑わされないようにすることなど、現代にも通じるものがあると思います。」

司会:阪本さん、本日はありがとうございました。