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映 画

「82年生まれ、キム・ジヨン」と「本気のしるし」のとっておき情報
(2020年10月16日10:20)
映画評論家・荒木久文氏が、「82年生まれ、キム・ジヨン」と「本気のしるし」の見どころととっておき情報を紹介した。
トークの内容はFM Fuji「GOOD DAY」(火曜午後3時、10月6日放送)の映画コーナー「アラキンのムービーキャッチャー」でパーソナリティ・鈴木ダイを相手に話したものです。

鈴木 10月に入りましたね。よろしくお願いします。
荒木 よろしくお願いします。
今日は2本とも女性がテーマなんですけど、丸っきり違う取り上げ方をしています。
まず1本目は、10月9日公開『82年生まれ、キム・ジヨン』という韓国映画です。

ストーリーですが、韓国のソウルに住む女性キム・ジヨンが主人公です。1982年生まれで 33歳の時の設定ですから2015年くらいが舞台ですね。
ジヨンは結婚・出産を機に今まで勤めていた仕事を辞め、育児と家事に追われるようになります。常に子供の母であり、夫デヒョンの妻であるジヨンは、時々閉じ込められているような感覚に陥ることがありました。そんな彼女を夫は心配しますが、ジヨン自身は「ちょっと疲れているだけよ」と軽く受け流します。
しかし夫デヒョンは、最近妻ジヨンが時々、まるで他人が乗り移ったような言動をとることに気付いていて、事態を深刻に受け止めていました。
ある日、彼女は夫の実家で自身の母親が乗り移ったようになり、「正月くらいジヨンを私の元に帰してくださいよ」と姑に対し文句を言い始めます。またある日はもう死んでしまっている夫と共通の友人になって、夫に「ジヨンは体が楽になっても気持ちが焦る時期よ。お疲れ様って言ってあげて」とアドバイスをします。
鈴木 怖いなぁ。
荒木 怖いですよね。
その時の記憶はすっぽりと抜け落ちているんです。そんな妻ジヨンに、夫は傷つけるのが怖くて本当のことを言えず、一人で精神科医に相談に行くのですが…。という話です。
この映画原作は、チョ・ナムジュさんという韓国の女性作家の作品で、2016年に韓国で刊行され100万部を超えるベストセラーになりました。
鈴木 大ベストセラーですね。
荒木 日本でも20万部を超す、韓国の本としては異例のヒットです。
原作はキム・ジヨンを診察する精神科医のカルテという体裁で、彼女の半生を回顧していく構成で、映画とは全く趣が違います。その中で韓国の女性たちが出会う社会の困難や差別といったものを描いています。韓国では大きな反響を呼び、物議を醸しました。男女で感想が全く違うというのが特徴だそうなのですが、原作が出版された当時は、「フェミニズム小説」とも言われ、韓国の男性から「あまりにも男性を悪く描いている」などと大バッシング・反発が目立ったと言われています。
映画でも韓国に生きる現代女性なら誰もが感じたことがあるであろう場面を中心にジヨンの人生は描かれています。
主演はチョン・ユミさん。メガホンは女性監督のキム・ドヨンさん。
この本を物語としてに見事に作り上げています。
儒教思想が浸透しているだけに韓国の男尊女卑は根深いものがあって、韓国女性の生き難さは大変なんでしょうと容易に想像できます。
その辺りは、韓国映画を観るたびに儒教の影響の強さを感じますね。
日本の女の人の感想は?というと、やはり大変共感した人が多いようです。
男女雇用機会均等法や、女性の地位が上昇したといっても、その中の細々とした規則や約束や習慣は大きく変わりはしていないですから。
鈴木 変わってないですよね。
荒木 世間は変わらないという諦めみたいなものを感じるという人がいました。
日本も似たり寄ったりだと思うと言っていますね。だから20万部も本が売れるんでしょうね。
ジェンダーギャップ指数というWEF が毎年公表している、経済活動や政治への参画度、教育水準、出生率や健康寿命などから算出される、「男女格差を示す指標」では、韓国の方が上で日本の方が下なんですよ。順位は153か国中、日本121位、韓国は108位でした。
男性として観ると、私自身としては身につまされた部分が多かったです。
鈴木 自分は全くもって潔白だっていう感じしないんでしょうね。
荒木 そうなですよ。
私の奥さんも仕事を持っていましたが、仕事を続けながら子供を育てましたが、私としても育児も精いっぱい協力はしたつもりではいたんだけど、結局もう30年もたっているのに 恨み言を言われます。「あの時はほぼワンオペで、あなたは仕事のペースは全然変えなかった」とかしょっちゅう言ってますし、何かあるたび思い出して怒られてます。思い出し怒りっていうの?
鈴木 だけど荒木さんはそういう話が奥さんから出るだけまだいいんじゃないの?
荒木 そうかな。まあ出ないと終わりかもね。
鈴木 出ない方が怖いよね。
荒木 だからこの映画あまり見せたくない雰囲気ですよ。また怒られる。
ダイちゃんはどうですか?お嫁さんと自分の実家に行って、「実家で過ごすと息苦しい、こき使われた」とかそういう感想を漏らしませんか?
鈴木 妻は全くそういう感想を漏らさないですね。遠くから見てもそういう雰囲気は皆無だね。
荒木 それは素晴らしいですね。
鈴木 素晴らしいっていうかお互いに干渉してないですね、良くも悪くも。
荒木 いやでもそういう人はなかなかいないと思いますよ。ダイちゃんのお母さんが偉いのかもしれないよね。
鈴木 昔から母親がバリバリ働いていた当時は珍しい環境でしたから。「とにかく働くことは大変だから頑張りなさい」っていうようなイメージが強いですね。
荒木 なるほどね。それはラッキーなことだと思いますよ。
この映画を観て、自分自身を重ねる男の人は私だけじゃないと思いうし、日本人の男性にも多いはずです。だから男性は、内容がわかっていたら自分から進んでは観たくないというのが本音でしょうね。
鈴木 でも奥さんの方から「あなた、良い映画があるから観ましょうよ」って言われたら皆さんどうします?
荒木 あ~困っちゃうな。
それにどんなにわかったつもりでも、やっぱり男には決してわからないことが多いんでしょうね。この作品はとてもわかりやすく女性の苦しみを描いているんですが、それでもわからない男の根深い「わからなさ」を逆説的に浮かび上がらせているのかもしれませんね。
鈴木 逆にこの映画に、「ほのかな幸せ感」のようなものは描かれているんですか?
荒木 そうですね。それも描かれていますよ。生きていくうえでのね。
タイトルもいいですよね。『82年生まれ、キム・ジヨン』
金(きん、キム、朝: 김)は、朝鮮最大の苗字ですよね。韓国国内における金さんの人口は2000万人弱で、これは韓国の人口の約2割にあたります。
そして「ジヨン」という名前は、70年代から80年代前半まで韓国の女の子の名前ランキングの1位なんです。
鈴木 じゃあいかにも典型的な名前なんだね。
荒木 そうそう。
当時、クラスに一人はキム・ジヨンがいたと言われています。
だから韓国女性の生き方を象徴する名前として、どこにでもいる女の子「ジヨン」がタイトルにな言えるでしょう。
日本でいうと、一番多い苗字は佐藤です。82年生まれの女の子の名前は裕子らしいので、タイトルをつけると『昭和57年生まれ、佐藤裕子』といったところでしょうか?いそうだよね。
鈴木 おー。確かになんか普通ですね。
荒木 普通ですよね。
そういう非常に興味深い作品ですよね。10月9日公開『82年生まれ、キム・ジヨン』のご紹介でした。
次は、同じ女の人を扱っているのですがなんというか、俗っぽいというか…。ダイちゃんは、いわゆる地雷女という意味ってわかりますか?
鈴木 地雷女…踏みたくないねぇ。それはちょっと…。
鈴木 地雷女…踏みたくないねぇ。それはちょっと…。
荒木 そうですよね。
地雷女というのは、一見とても清楚な雰囲気でおとなしそうに見えるものの、付き合ってみると痛い目に遭うことがほとんどという、地雷のような破壊力があるとんでもない女性のことを言いますね。
地雷女は、寂しがり屋でかまってほしいタイプの人が多いので、真の地雷女は自分が地雷女だということに一切気付いていない場合がほとんどです。たとえ誰かに「地雷女だよね」と指摘されたとしても、そんなはずはないと思っているんですね。そんな女に関わってしまった男の物語です。
10月9日公開『本気のしるし』という作品です。

主人公は辻くん(森崎ウィンくんが演じています)、30歳、独身。
彼は中堅のおもちゃメーカーに勤めています。仕事は無難にこなしつつも、本心はどこか冷めていて退屈な日常を過ごしていました。
そんな辻くんは社内の2人のOL、一人は先輩OL、もう一人は新人OLと二股をかけて社内恋愛中です。つまり仕事でも恋愛でも成り行きまかせの日常を過ごしているというサラリーマンでした。
ある夜、辻くんは、女性の運転するレンタカーが踏み切りで立ち往生して、電車にぶつかってしまう直前に間一髪、身体を張って助けます。助けられたのは「浮世さん」という変わった名前で、どこか不思議な雰囲気を持つ美人ではあるんですが、ちょっと変わった感じの人でした。
その後、辻くんと浮世さんは街中で偶然に再会します。そして辻君は、浮世さんがやばいスジ(暴力団筋)からの借金を抱えていることを知るばかりか、断り切れない優柔不断な性格から金銭や男性関係のトラブルを次々に起こし、ますます深みにはまることを繰り返している問題女性であることを知ることになります。
浮世さん、絶世の美人というわけではないのですが、ちょっときれいで魅力的なんです。
鈴木 いる!一番いるねぇ!!
荒木 だけど弱さが見え見えなんです。そのせいで周りの人を巻き込み迷惑をかけ続ける、とんでもない地雷女だったんですね。
辻くんはそれに気付きながら、心の中では関わりたくはないと思っているのに、彼は浮世さんの分別のない行動を放っておけず、彼女を追いかけさらなる深みに嵌っていき、そしてどんどん裏社会の人と関わり、破滅への道を歩みだす…という作品です。
浮世さんという女性、浮いた世の中の浮世と書くんですが、自分の立場が悪くなるとその場限りの嘘をつきだんだん立場を悪くして深みにはまってしまいます。それと、無意識のうちに男性を誘惑するような発言をするんです。だから男関係もトラブルが多いんです。
こういう女の人に会ったことありますか?
鈴木 逆に会ってみたいなってちょっと思います。
荒木 僕は何人かいましたよ。
先輩にいましたよ。このパターンに嵌って、後輩の女にめちゃくちゃにされて、幸せな家庭だったのにぶっ壊れて離婚して今行方不明です。どうしてるんだろう、田中先輩…。
鈴木 それ映画以上じゃないですか!
荒木 それがまた、すごい美人ではないんだけど、変に魅力的な子だったんですよ。でも初めて見たとき、私の頭の中でピーポーピーポーと警報が鳴ったのを覚えていますよ。「これはやばいぞ!気を付けなきゃ」と。
鈴木 え!?まじですか?なんで荒木さん止めなかったの?
荒木 止めたんだけどダメなんだよね。やっぱり。
鈴木 田中くーん…。
荒木 もう本当に田中先輩頼みますよ。
フランス語でファム・ファタールって言い方しますよね。
鈴木 ファム・ファタール言いますね。
荒木 ただ地雷女とはちょっと違うんですね。
ファム・ファタールというのは、男にとっての「運命の女」というのが元々の意味ですが、同時に「男を破滅させる魔性の女」のことを指す場合が多いです。多くの場合、妖艶かつ魅惑的な容姿や性格をしており、色仕掛けや性行為などを駆使して、男を意のままに操る手腕に長けている女性です。
しかし地雷女は自分を地雷女と自覚していないんです。
鈴木 一番最悪だ!
荒木 原作は星里もちるさんの同名コミックなのですが、監督は『淵に立つ』や『よこがお』などでコアなファンがいる深田晃司監督。
この作品、最初はテレビの連続ドラマとして作られ、昨年放送されたものを劇場作品として再編集したサスペンスなんですね。ディレクターズカット版です。
そのせいでもあるんですが、長尺ドラマ。長い長い。なんと232分。
鈴木 え、それ長すぎませんか?
荒木 3時間と52分。4時間近い一回休憩あります。
鈴木 うわー!それ全部地雷女ですか?
荒木 そうそう。でも面白いんです。一回休憩があるので飽きさせませんよ。
役者は辻くんを森崎ウィンくんが演じています。『蜜蜂と遠雷』では天才ピアニスト。今回はどこにでもいるサラリーマン役。なかなかいいですよ。
浮世役には土村芳(つちむらかほ)さん。
ビズリーチのCMに出ている女優さんにも似ていますね。決して超美人ではないけど、見方によっては色っぽくてちょっとエロい感じです。昭和顔のね。
鈴木 なんか惹かれてしまいますね。
荒木 そうなんですよね。
ほとんど音楽がないリアルな、淡々とした日常の中での転落劇を描いています。
そして、辻くん、この女のせいでどこまで落とされてしまうんだろう?というある意味、自分には関係ないから面白いというどきどき感も正直あるんですけど…。
鈴木 でもわからないですよ。明日そういう人がふっと現れるかもしれない。
荒木 そうですね。
ある場面では感情移入しちゃうし、見ていて冷や汗が出てくるシーンもあります。一歩間違えばみんなあること、私にもダイちゃんにもね。
鈴木 そうだよ、そうだよ。荒木さん。
荒木 ラジオ聴いている方の歩む道にも埋まっているかもしれません、地雷女が。
とにかく女の人が怖くなる作品です。注目ですよ。
3時間と52分でも普通の料金ですから、お得ですよ。
鈴木 ははは。確かにそうですよね。
荒木 10月9日公開の『本気のしるし』という面白い作品です。
ということで今日は2本紹介しました。
鈴木 荒木さん、今からでも浮世さんみたいな女性には会いたくないですか?
荒木 ないでしょう。まあ魅力的で近寄りたいけど、私、比較的ピーポーピーポーって「この女やばいよ」って目を見れば分かるから。
鈴木 分かるタイプなんですか?
荒木 生活もあるし晩節を汚したくないので、そういう女の人には近づきません。
鈴木 昔から荒木さんの噂は百戦錬磨って聞いていましたからね。
荒木 何をおっしゃいますか。誰がそういう噂を立ててるんだか。
鈴木 だからそういうピーポーピーポーって分かる方なんだと思ってたんですけどね。
荒木 多少のピーポーなら大丈夫でしょうけど、ピーポーピーポーはダメですね。
鈴木 二回以上のピーポーピーポーはダメですよね、やっぱりね。
いやー、荒木さん、ありがとうございました。
■荒木久文(あらき・ひさふみ)1952年長野県出身。早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとして、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして新聞・WEBなどの映画紹介・映画評などを担当。報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ所属。
■鈴木ダイ(すずき・だい)1966年9月1日生まれ。千葉県出身。日本大学芸術学部演劇学科卒。1991年、ボストン大学留学。1993年 パイオニアLDC株式会社(現:ジェネオン・ユニバーサル)入社 し洋楽宣伝プロモーターとして勤務 。1997年 パーソナリティの登竜門であるJ-WAVE主催のオーディション合格 。
現在は、ラジオパーソナリティとして活躍するほか、ラジオ・テレビスポット、CMのナレーション、トークショー司会やMCなど、幅広く活躍。 古今東西ジャンルにこだわらないポピュラー・ミュージックへの傾倒ぶり&造詣の深さ、硬軟交ぜた独特なトーク、そしてその魅力的な声には定評がある。FM Fuji『GOOD DAY』(火曜午前10時)のパーソナリティなどに出演中。
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