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映 画

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』『「桐島です」』のとっておき情報
(2025年7月6日9:15)
映画評論家・荒木久文氏が『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』『「桐島です」』のとっておき情報を紹介した。トークの内容はFM Fuji「Bumpy」(月曜午後3時、6月30日放送)の映画コーナー「アラキンのムービー・ワンダーランド」でパーソナリティ・鈴木ダイを相手に話したものです。
鈴木 よろしくお願いします。

荒木 今日はちょっと犯罪がらみの硬派な映画です。
まず、公開中『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』という作品。
この映画は日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件を題材にした作品です
ストーリーです。
2003年。九州・福岡の小学校教諭の薮下先生は、保護者の母親の氷室律子さんから担任の彼女の子供への体罰を告発されます。その内容は薮下先生によるひどいいじめだ、というものでしかもそれを嗅ぎつけた週刊誌が実名報道してしまいます。
その記事は世間を震撼させます。マスコミの標的となった薮下先生は誹謗中傷や裏切りにあい、さらには停職になって絶望の底へ突き落とされていきます。
世間は親の律子を擁護する声が圧倒的に多く、なんと550人もの大弁護団が結成され、前代未聞の民事訴訟に発展します。もうこうなると世の中は「これは教師によるひどいいじめだ!」という空気一色になります。誰もが親の律子側の勝利を確信する中、法廷に立った教師の薮下先生は「すべて事実無根のでっちあげだ」と完全否認します。
さあ どうなるかというお話です。で、薮下先生には、綾野剛さん。
鈴木 ああ、何となくわかりました。
荒木 わかるよね。保護者の氷室律子さんは柴咲コウさんが演じています。
監督は三池崇史さん。三池監督は「出来るだけ感情を排除して冷静に作り上げたつもりなんですが、恐怖は本物です。」というコメントどおり本当に恐い作品でした。
ドキュメンタリーっぽくて。綾野剛さんが素晴らしいですよね。ひとつの作品の中で親が主張するような悪い先生と、本来のいい教師と二種類の演技をされるんですよ。
悪い教師の態度と、彼の本来の姿と180度違う人間を演じるんですけども、一人二役と言っていいぐらいですよね。
鈴木 そんなに違うんですね。
荒木 はい。全然違うお芝居見せてくれました。これはでっちあげ-福岡「殺人教師」事件の真相-』という原作があってこれを映画化したものです。いろんなことを提示っていうか示唆していますね。当時の人々が、新聞に載ったから週刊誌に載ったからっていう事で簡単に信じてしまう事とそういうことをメディア自身がよく調べないで糾弾したので、それを100パーセント信じてしまうというね。で、この事件は「でっち上げ」という結論が裁判では出ているんです。
鈴木 薮下先生は悪くなかったんだ。
荒木 悪くなかったという事になっています。時代がそれを報道したらそれが事実になってしまうんですよね。そういう時代です。最初に報道した週刊誌はともかく、新聞社は日本を代表する大手新聞社なんですね。なぜ、もっと裏取りをしなかったのかということもありますけど、この原因 実は当事者の先生自身が揉め事を避けるためにおかしいと思いながら、いじめを認めちゃったんですね。
鈴木 面倒くさくなっちゃったんじゃないの?
荒木 そういうこと。で、当時大きく報道されたんですけどね。この頃はフェイクニュースもないし、モンスターペアレンツとかもなかったですからね。
鈴木 SNSもないですからね。
荒木 もっとびっくりしたのが550人という大弁護団ですよね。高い知性を持ち正義を守る弁護士さんがよく調べもしないで、500人も集まったというね。
肝心なのはこの映画で、逆にこの教師がすべて正しいと思っちゃうのもちょっとなんですね。何か原因があっただろうし世の中には白と黒だけじゃないということをね。グレーもあるっていうことだよね。
鈴木 そうですよ。
荒木 個人的に考えたのは、ダイちゃんもそうだったと思いますけど…。
鈴木 何、なに?
荒木 自分の子どもの頃ってどうでした?頭叩かれたりする…。
鈴木 先生に?
荒木 はい。
鈴木 いやー、頭も顔も殴られた。グーで殴られましたよ、私。
荒木 そうだよね。親なんかは先生に会うと「うちのガキが変なことしたらぶっ叩いてください」って頼んでたもんね。
鈴木 そうそう!本当そうでした!俺、殴られたあと母さんか、親父に泣きついたんですよ、そしたら、「おまえが悪いんだろう」って。
荒木 そういうこと。これは今はもう全くやっちゃいけないことなんですよ。当然ですけどね。
鈴木 そうですよね。
荒木 だから、逆に腫れ物に触るような教育現場を見ちゃったりすると若い人は先生になりたがらないだろうなと思っちゃいますよね。
鈴木 どっちがいいんでしょう? どっちも良くないしどっちも良いしよくわかんないなあ。
荒木 難しい問題だよね、これは考えさせる映画です。
『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』という作品でした。
鈴木 殺人教師と呼ばれちゃうんじゃねー。
荒木 本当だよ。
次の映画!まずタイトルは『「桐島です」』。
鈴木 桐島です(笑)。
荒木 名前は聡って言うんですけど知らない人多いと思うけど、たぶん、みなさん、誰でも顔は知っていたはずです。
鈴木 あのー、指名手配の桐島?
荒木 そうなんですよ。お風呂さんとか交番前でロン毛で黒ぶち眼鏡。ニッコリ笑う笑顔の男ですよね。
鈴木 はいはい(笑)。
荒木 普通、指名手配犯の顔写真といえば怖いよね。いかにも悪そうな顔なのにこの人だけ何ともさわやかな笑顔でしたよね。
鈴木 そうですよね、柔和な雰囲気しますね、顔だけではね。
荒木 そう。この写真撮られたのは50年も前なんですよね。
この桐島聡容疑者の約50年間の逃亡を描いたのがご紹介する『「桐島です」』という作品です。

鈴木 ドキュメンタリーじゃなくて劇映画ですか、これは?
荒木 そうです。7月4日からの公開でこの桐島って、何したの?ということですが…爆弾テロリストだったんですね。
今から60年近く前、企業爆破に関わった人なんです。
彼は大学時代から革命組織・東アジア反日武装戦線「狼」のメンバーで何年かに分けて連続企業爆破事件を起こします。その後、指名手配されると逃げ出すんですね。建設作業員などとして潜伏し続けるわけですよ。
鈴木 追われる身となり、数十年ってやつですね。
荒木 そう、その結果、逃亡生活はなんと49年間。昨年1月に神奈川県の病院でがん治療中に身元が判明して、4日後に病死しましたよね。覚えてますよね?
鈴木 大ニュースになったじゃないですか、あれ。
荒木 戦後最長の逃亡記録として社会に衝撃を与えたこれを基にして作られた映画ですね。逃走中の桐島の姿を描いているんですが細々と社会に隠れて生活してるんですが、ミュージックバーが好きだったみたいですね。結構、酒場の常連になって、知り合いや飲み仲間も沢山いたようですね。そういう数奇な運命の道のりを描いているんです、
主演は毎熊克哉さん。テレビにもよく出ていますよね。顔見るとわかると思います。
この映画は本人には取材出来てないんで、あくまで周囲の人々とか彼に関わった人間たちの証言から想像して作ってますんで、内容的には事実ではないかもしれませんね。
鈴木 いわゆる、脚本を作って全部出来てくんでしょう。
荒木 そういうことですね。いろんなインタビューでね。どういう事を描いているかって言うと逃亡中の苦しさとか、時が経っても変わらない彼の怒りとかが描かれています。日常のささやかな喜びとかね、お酒飲んで歌を歌ったりとか。そういうのを見ると実に淡々とひとりの男の人生を映し出しています。
鈴木 事件を起こしたことを後悔していたんですかね?していないんですかね?
荒木 事件報道の新聞で作業員が負傷したことを知った後のシーンなどで画的に描いています。メッセージを残すというよりは、ノスタルジックに彼の姿を描いたものですね。監督は高橋伴明さん。ご存じですか?
鈴木 名前は聞いたことありますけどねー。
荒木 古い映画ファンにはお馴染みなんですけど、奥様が女優の高橋惠子さんですね。この映画にもちらっと出ています。この人は1949年生まれのピンク映画出身なんですね。社会の弱者や日常の闇を詩的に描く作風が特徴的でいわゆる反体制派と言えますが、キネマ旬報ベスト・テン 日本映画監督賞などを受賞しています。世代的には60年代から70年代の「全共闘世代」。
鈴木 一番激しい時代ですよ。
荒木 そうです。その真ん中の人ですね。彼自身、早稲田闘争で大学を中退になってます。桐島は大学キャンパスには闘争などきれいになくなってしまった「漂白された世代」と呼ばれる世代に近いです。だから、桐島は学生運動とはあまり関連性がないんですね。ゲバ棒とか関係なくいきなり爆弾闘争行っちゃった人ですから。
鈴木 何だか、人の心ってわかんないですよね。
荒木 そうなんですよね。共通項は当時の社会状況とか、高度経済成長の裏で社会不安が渦巻く政治的な運動だったんですね。実は今年3月に、同じ桐島聡を扱った映画「逃走」という作品が公開されてるんです。
鈴木 え!?知らないわー、知らなかった。
荒木 こちらも桐島の長い逃亡生活を描いているんですけども、特に中年以降ですね。監督は高橋伴明監督より10歳年上の足立正生さん。彼、有名な人でね、監督・脚本家なんですけど自分自身が「日本赤軍」に所属していたんですよ。
鈴木 そうなんだ。
荒木 そう、で、レバノンへ亡命してパレスチナゲリラとして戦ってた人なんですね。
鈴木 もろ、当事者じゃないですか!
荒木 そう!当事者。逮捕されて日本に強制送還されて収監されてその後、映画撮ってる人なんです。
鈴木 すげー。
荒木 若松孝二さんと作った「赤軍派 PFLP 世界戦争宣言」、「略称・連続射殺魔」とか凄い映画撮る人です。面白い人ですよ。
同じ人間をテーマにしたふたつの異なる作品、『「桐島です」』と『逃走』という作品。
両方見るとより深くこの事件や桐島聡という人間がわかるかもしれませんね。
鈴木 話は見たり聞いたりしてますけど、でも、冷静に見ても、相当前な感じがしますね。
荒木 50年以上前ですからね。
鈴木 なんかねー。
荒木 下手したら、時代劇になっちゃいますよね。
鈴木 そうですよね。
荒木 『「桐島です」』の映画の中で、ミュージシャンの女性や彼や歌う歌があるんですよ。「時代おくれ」という、非常に象徴的な歌ですよね。
鈴木 あの、河島英五さんのですか?
荒木 そうです。いろんな人がこの映画の中で歌ってますけどね。とても印象的な映画でした。映画『「桐島です」』、7月4日から公開中です。
鈴木 ありがとうございます。

■荒木久文(あらき・ひさふみ)1952年生まれ。長野県出身。早稲田大学卒業後、ラジオ関東(現 RFラジオ日本)入社。在職中は編成・制作局を中心に営業局・コンテンツ部などで勤務。元ラジオ日本編成制作局次長。プロデューサー・ディレクターとして、アイドル、J-POP、演歌などの音楽番組を制作。2012年、同社退職後、ラジオ各局で、映画をテーマとした番組に出演。評論家・映画コメンテイターとして新聞・WEBなどの映画紹介・映画評などを担当。報知映画賞選考委員、日本映画ペンクラブ所属。
■鈴木ダイ(すずき・だい)1966年9月1日生まれ。千葉県出身。日本大学芸術学部演劇学科卒。1991年、ボストン大学留学。1993年 パイオニアLDC株式会社(現:ジェネオン・ユニバーサル)入社 し洋楽宣伝プロモーターとして勤務 。1997年 パーソナリティの登竜門であるJ-WAVE主催のオーディション合格 。
現在は、ラジオパーソナリティとして活躍するほか、ラジオ・テレビスポット、CMのナレーション、トークショー司会やMCなど、幅広く活躍。 古今東西ジャンルにこだわらないポピュラー・ミュージックへの傾倒ぶり&造詣の深さ、硬軟交ぜた独特なトーク、そしてその魅力的な声には定評がある。